云わば僕は二重国籍者だ……
日本人にも西洋人にも立派になりきれない悲しみ……
不徹底の悲劇……
馬鹿な、そんなことを云ふにはもう時既に遅しだ。
笑ってのけろ、笑ってのけろ!
・・・野口米次郎『二重国籍者の詩』より
――― 「日本の文芸家からノーベル賞金の受領者を詮衡するとしたら、差向き第一に選に上るは野口ヨネ君であろう。」(内田魯庵)とまで称された彼が、戦後急速にその名を忘れられ、そして今日再評価への関心が高まるのはなぜなのか・・・
●明治26年、アメリカに渡り、20世紀初頭の英米文壇でセンセーションを巻き起こした、「アメリカ産の日本詩人」ヨネ・ノグチ=野口米次郎の英文著作の初の集成。
●「朝顔嬢」(Miss Morning Glory)の偽名で発表したジャポニスム小説を初め、当時の英米での日本文化像に大きな影響を与えた文芸評論、随筆と詩集のすべてを復刻。
■ヨネ・ノグチとは===
☆トマス・ハーディー、ウィリアム・ロセッティ、アーサー・シモンズらに絶賛され、20世紀初頭の英米文壇でセンセーションを巻き起こした「アメリカ産の日本詩人」。
☆Miss Morning Gloryのペンネームでジャポニスム小説をニューヨークで発表した大衆小説家。
☆オーックスフォード大学や世界各地で日本の詩歌や美術を講演し、多くの英文著作で日本を西洋に発信し続けた日本文化の紹介者。
☆慶應義塾大学の英文学科初代教授に就任し、パウンド、ジョイスなど最前衛の英文学を紹介した文学者。
☆第2次大戦中に戦争讃美の言論をくりかえした愛国詩人。
「父はホイットマンなど米国詩人の礼賛者であり、西洋文化の中で成長したといえるが、遂に父はこれを退けるようになった。今日本は、丁度父の青年時代のように米国のあらゆるものを尊敬歓迎する時代に再び返ったが、今度こそこの好機をお互いに逃すことなくアメリカを学ぼうをする意欲を助成するとともに、アメリカもまた日本について深い理解を持たなければならない。」
--- 昭和22年7月13日のヨネ・ノグチの死去に際しUP通信より発信された息子イサム・ノグチのメッセージ
■解説文より抜粋 ―――亀井俊介
ヨネ・ノグチは1893年(明治26)年、満18歳にならぬ身で単身渡米、放浪生活のあと英語で詩を書き、19世紀末から20世紀初頭の英米文壇にセンセーションを巻き起こした日本人である。1904年(明治37)年に帰国後も英文著作を多くあらわし、日本文学・文化を西欧に紹介、また日本語による著作によって西欧文学・文化の日本への紹介に力をふるい、「国際詩人」「東西両洋の懸け橋」として活躍した。日本人でノーベル文学賞を受ける人があるとすればヨネ・ノグチだ、とうたわれたこともある。
だが1947(昭和22)年、彼が茨城県豊岡村で71才の生涯を閉じた時には、かつての盛名と比べるとまことに寂しい有様だった。ひとつには、日米戦争中に彼が愛国主義を鼓吹、戦争讃美の言論をくりひろげたことが災いしたかもしれぬ。だがもっと深いところでは、日本と欧米を股にかけた彼の文学・文化活動そのものが、彼の著作をしだいに宙に浮かせてしまったようにも思われる。(中略)
日本の敗戦後、文学者ヨネ・ノグチの名は世間から忘れられてしまい、ほぼ半世紀たった。ところが近年になって、ヨネ・ノグチ再評価の気運が少しづつ高まってきているように思われる。文学・文化研究が各国中心の枠を取り払い、国際性をおびるにつれて、「二重国籍者」たるヨネ・ノグチの活動に積極的な意味を見出す研究者が、あちこちですぐれた論考を発表してきているのである。
ヨネ・ノグチ研究には、ただし、ひとつ困難な問題がともなってきた。それは彼の著作には容易に参照できないものが多いということである。とくに初期の著作は、なにしろ無名の若い外国人の詩集だから、出版部数は少なく、いまでは稀覯本となっている・・・
■国内外の文学者からヨネ・ノグチへの賛辞
‘At last the poet has come, the poet who is the true messenger f the spirit
of his people representing the culture which is national, but above all
universal, and of all time…’ --- Tagore
‘They are full of a rich sense of beauty, and of ideal sentiment. In fact
the essential excellence of the poems and the particular quality of their
excellence surprise me. “The Myoto” is truly a beautiful little piece
marked by feeling equally simple and deep.’
--- William M. Rossetti
‘Your poems are another instance of the energy, mysteriousness, and
poetical feeling of the Japanese, from whom we are receiving much
instruction.’
--- George Meredith
‘I am much attracted by the novel metaphors and qualifying words, which
often are full of beauty, the luxuriance of phrase suggesting beds of
Eastern flowers under the moonlight.’
--- Thomas Hardy
「詩とは正しく平安、至福、悲痛に飽き足りた霊魂の、神聖なる発顕であるのだ。息吹ひとつ、よくその香気を尽くしをはる。ここにあるヨネ・ノグチの詩亦斯の如し。夜泪に濡れて一叢の躑躅の花が、また滴れ散る言の葉の、その数々の音を立てぬ響きともいひたい。
--- ポール・クローデル(山内義雄訳)
「私はおよそ30年間に亘って、この人の作をおよそまんべんなく根気に読みかへしている者であるが、最初にそれを手にしたときと今日と、読後の感じあひに於いてこれもおよそ大差がないのを覚える。20歳の若者にも50歳の老書生にもおよそ大差のない感銘を以って受けとられる・・・」
--- 三好達治
「読者は、既にしばしば西洋人によって論評されたヨネ・ノグチ論を見たであろう。そしてそれらの有名な外国人の評論が、いかに僕等の現に見ている野口米次郎氏とちがうかを知るであろう。ヨネ・ノグチ氏は西洋にあっては一つの〈神秘〉であり、日本にあっては一つの〈現実〉である。」
--- 萩原朔太郎
「いやしくも日本文学が世界大のものになることを志すならば、同時に日本文学の真精神を、西洋語で、西洋の読者のために表現してみせるという方向も並存せねばならぬ。岡倉覚三とか、内村鑑三とかいう人々は文学というよりもっと広い文化的な大観で、日本を紹介する文化公使の役割をひきうけた。文学そのものの領域で、この二人に匹敵する仕事をしたのが、ヨネ・ノグチとして知られる野口米次郎である。」
--- 島田謹二
「此の亜細亜に於いて世界的に認められる詩人は印度にタゴール、日本にヨネ・ノグチあるだけある。ヨネ君自愛せよ、世界的に功績を表勲される日は必ず来らん。」
--- 内田魯庵
「ヨネ・ノグチは日本文化を誇りとし、その心持をもって英詩をつくり、英文を書いた。後年は専ら、俳句を中心として日本の詩文を論じ、また浮世絵を中心として日本の芸術を説明した。この点において、彼はラフカディオ・ハーンとともにすぐれた日本紹介者であった。ただし彼はいかに日本を紹介したか、それを検討する前に、彼の英詩は何故に驚嘆すべき好評を博したかを考えなければなるまい。」
--- 斎藤勇
■収録文献■
Vol.1: Novels by Miss Morning Glory (c.490 pp)
The American Diary of a Japanese Girl, by Miss Morning Glory
Illustrated by Genjiro Yeto
New York, Frederick Stokes, 1902, 270pp
The Amerian Letters of a Japanese Parlor-maid, by Miss Morning Glory
Illustrated by Genjiro Yeto
Tokyo, Fuzanbo, 1905, 220pp
Vol.2: Literary Writings (c.487 pp)
Ten Kyogen in English
Tokyo, Tozaisha, 1907, 190pp
Kamakura
Yokohama, Kelly & Walsh, 1910, 100pp
Lafcadio Hearn in Japan
With Mrs. Lafcadio Hearn's Reminiscences ; Frontispiece by Shoshu Saito ;
with Sketches by Genjiro Kataoka and Mr. Hearn Himself
London, E. Mathews, 1910, 197pp
Vol.3: Literary Writings (c.455pp)
Through the Torii
London, Elkin Mathews, 1914, 215pp
The Spirit of Japanese Poetry
London, John Murray, 1914, 120pp
The Spirit of Japanese Art
London, John Murray, 1915, 120pp
Vol.4: Literary Writings (c.390pp)
The Story of Yone Noguchi Told by Himself
London, Chatto & Windus, 1914, 270pp
Japan and America
Tokyo, Keio Univ. Press, 1921, 120pp
Vol.5: Poems (c.455pp)
Seen & Unseen, or, Monologues of a Homeless Snail
New York Orientalia, 1920 [San Francisco, G. Burgess & P. Garnett, 1897],
76pp
The Voice of the Valley
San Francisco, The Doxey Press, 1897, 80pp
>From the Eastern Sea
Tokyo, Fuzanbo, 1903, 67pp
Japan of Sword and Love
With Joaquin Miller
Tokyo, Kanao Bunyendo, 1905, 100pp
The Summer Cloud: Prose Poems
Tokyo, Shunyo-do, 1905, 132pp
Vol.6: Poems (c.359pp)
The Pilgrimage
Kamakura, Valley Press, 1909, 160pp
Japanese Hokkus
Boston, The Four Seas, 1920, 120pp
The Ganges Calles Me: Book of Poems
Tokyo, The Kyobunkwan Press, 1938, 79pp
【別冊】
亀井俊介 「ヨネ・ノグチの英文著作」 41pp
Miscellaneous Writings on Yone Noguchi
1)Arthur Ransome, The Poetry of Yone Noguchi, Extract from Portraits and
Speculations (1913)
2)John Walker Harrington, America as a Fountain of Youth to the Japanese,
The New York Times Magazine, January 18, 1920
3)7 Reviews from The Times Literary Supplement (1910-1922)
|