分野:英文学・ヴィクトリア朝文化研究、女性史、メディア史、家政学・生活科学史 | |||
『ビートン夫妻のヴィクトリア朝婦人生活画報』 全4巻+別冊 The Englishwoman's Domestic Magazine - The Reprint of the Mid-Victorian Ladies Journal, 1852-56 監修・解説(別冊・日本語):中島俊郎(甲南大学文学部教授) 付録:『家内心得草 : 一名・保家法 』 ビートン夫人著・穂積清軒訳(明治9年) |
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《本書の特色》
その一通の投書を掲載した時、雑誌編集者の彼に、その後巻き起こる嵐のような論争が想像できただろうか。
『婦人生活画報』には今日の女性雑誌の原型―家庭生活、実用と効用性、女性の生き方、快楽の追及―がすべてある。その意味でこの女性誌を「初めて」の女性雑誌とみなしてもよい。サミュエル・ビートンは、のちに妻となるイザベラ(Isabella
Beeton, 1836-65) の助力をえて、この雑誌を創刊した。イザベラは健筆家で、旅行記、ファッション、料理のレシピなどの記事をこの雑誌に寄稿した。イザベラが書いた家政記事、料理 だが、この女性誌がかもしだす華やかな側面だけに目を奪われてはならない。ヴィクトリア朝文化の研究者は、この雑誌のもうひとつの側面を黙過してきた。それは女性の自立、自助の問題である。この問題は「創刊の辞」のなかに高らかに宣言されている――「幸せな家庭を築くために数々の示唆を与えよう…だが実用的で有益なことに取り組んでいるときも精神の教化を忘れてはならない。」不断の努力、たゆまざる勤勉と忍耐によって精神は教化されていくという。ちょうど同時期に勤勉、精励、自制、自己 発という精神性を人生の中心課題にしていた、サミュエル・スマイルズの「セルフ・ヘルプ」と同じ思考が展開されていたわけである。読者にもっとも人気があった「型紙」も実は流行のファッションを追うものではなく、日々着用する服は、自分で作らなくてはならないという倹約の戒めと自立の精神に裏打ちされた表象であったわけである。この意味で「ファッション・プレート」はまさに女性の自立をヴィジュアライズ化した象徴でもあるのだ。本誌上でコルセット論争(tight-lacing)が延々と展開され、論争が論争をよび激化していったのも女性の<身体性>にまつわる自立というディスコースを無視して考えることはできない。 本復刻版は、女性研究からメディア・スタディズの領域をも横断する、ヴィクトリア朝文学・文化研究の基本文献である。よってこの女性誌の特徴を余すところなく伝える、もっとも入手困難な創刊号から第4巻までの版を初めて翻刻し、江湖に広く薦めるゆえんである。 別冊付録の『家内心得草:一名・保家法』は『ビートン夫人の家政書』前半部を抄訳した和本で、明治日本へのヴィクトリア朝文化移入史の関連からも意義深い文献である。訳者穂績清軒(1836-74)は、豊橋に塾をおこし、儒学、英語などを講じた。自由民権運動の指導者、村松愛蔵(1857-1939)は清軒塾で学んだ。家政を「家業」と「家事」に分けて論説する本書は、S.スマイルズ『セルフ・ヘルプ』の翻訳である中村正直訳『西洋立志論』と併読してみると興味深い示唆を与えてくれるであろう。 |