アメリカによるフランスからのルイジアナ購入の100周年を記念し、セントルイスで1904年に開催された万国博覧会は、世界44カ国より約2000万人が参加、1900年パリ万博の4倍の土地に1500以上の展示用建設物が作られたそれまでで最大規模の万博となり、まさに「アメリカの世紀」の始まりを予感させる大イヴェントとなりました。西洋各国や初めて万博に参加した中国などがそれぞれの文化、芸術に関する華やかな展示を催す一方、米国は統治を始めたフィリピンより連行した多くの先住民族を「フィリピン村」の中に住まわせ「人種の展示」を行い、それは同時に帝国主義や人種差別など、負の20世紀史の始まりを象徴する出来事であったともいえます。
日露戦争中であった日本政府も、西洋列強と肩を並べつつある国力を背景に、またそのプロパガンダのために積極的に参加し、従来万博に出品していた美術工芸品に加えて、教育制度に関する展示や工業製品も数多く出品し、近代化の進む社会を印象付けようと試みました。しかし一方では、多くの芸者が参加し日本を売り込み、ジャポニズムのイメージがそれまでの万博のように日本の展示を支配していたようです。また「フィリピン村」に倣うかのように設置された「アイヌ村」で、日本から連れてこられた7人の成人男女と2人の女児が「陳列」されていたことは、セントルイス万博の白人至上主義的な性格を裏付けています。さらに、この万博には、民間人や企業の関心も高く、その中には星一(後に星製薬、星薬科大学を設立)のように日本展のハンドブックを自費出版し、会場で販売するような起業家もあらわれました。
このように、新たな時代の幕開けとしてとして開催されたセントルイス万博は、日本の関わりも含め、アメリカ研究、近代史研究、文化史研究に極めて刺激的なテーマを与えてくれます。今回の復刻集では、万博の公式ガイド2点、日本展の公式ガイド2種、前述星一の出版物、また万博に合わせて公演されたベラスコ&ロングによる日本趣味の演劇の写真入プログラム、そして翌年に刊行された写真入「セントルイス万博史」を収録します。いずれも入手の非常に困難な稀覯文献です。
●収録明細 (予定)
Vol.1: (A5判: c.495pp.)
Official Guide to the Louisiana Purchase Exposition at the City of St.
Louis, State of Missouri, April 30th to December 1st, 1904,
Authority of the Louisiana Purchase Exposition, St. Louis: The Official
Guide Co., 1904, c.210pp.
Official Catalogue of Exhibitors Universal Exposition, St. Louis, U.S.A.,
1904, Division of Exhibits, Department B: Art
Committee on Press and Publicity, St. Louis: The Official Catalogue Co.,
1904, c.285pp.
Vol.2: (A5判: c.515pp)
The Exhibition of the Empire of Japan, Official Catalogue
St. Louis: International Exposition, 1904, c.300pp.
Handbook of Japan and Japanese Exhibits at World's Fair, St. Louis, 1904
Hajime Hoshi, 1904, c.215pp.
Vol.3: (A4判: c.140pp)
The Illustrated Catalogue of Japanese Fine Art Exhibits in the Art Palace at
the Louisiana Purchase Exposition, St. Louis, Mo., U.S.A.
Kobe: Kwansai Shashin Seihan Insatsu, 1904, c.120pp.
Souvenir Theatre Programme. Blanche Bates in "The Darling of the Gods" by
David Belesco & John Luther Long, A Drama of Old Japan. D. Belesco's
Exposition Production 1904, 50th Performance at Imperial Theatre, St. Louis
David Belesco & John Luther Long, 1904, c.20pp.
Vol.4: (A4判: c.800pp)
History of the Louisiana Purchase Exposition
Mark Bennitt & Frank Parker Stockbridge, St. Louis: Universal Exposition
Pub. Co., 1905, c.820pp.
解説(別冊):大井浩二
■監修のことば■
大井浩二(関西学院大学名誉教授)
1904年に開催されたセントルイス万国博覧会は、ルイジアナ購入(1803年)を記念するためだったが、1893年のシカゴ万国博覧会に勝るとも劣らない規模を誇っていた。米西戦争に勝利を収め、フィリピンをスペインから譲り受けたアメリカ合衆国は、ヨーロッパの列強に追いつけ追い越せをスローガンに掲げて、帝国主義の道を突っ走っていた。フィリピンの諸部族を会場で「陳列」する「フィリピン居住区(リザーベーション)」は、帝国としてのアメリカのイメージを入場者の脳裏に焼き付けたのだった。
この時期、富国強兵政策を推し進めていた明治政府は、日露戦争の開始直後だったにもかかわらず、大量の展示品を送るなどして、積極的に協力しているが、その詳細は今回翻刻される Bennitt-Stockbridge, History
of the Louisiana Purchase Expositionその他の資料から窺い知ることができる。この博覧会にはまた何人かの日本人が個人的に関わっていた。会場の光景を「驚くべき不夜城」と形容した『あめりか物語』の永井荷風はあまりにも有名だが、星新一『明治・父・アメリカ』(1975) によると、著者の父、星一は博覧会場で売店を開き、そこの仕事を手
伝ったのが片山潜だった。その意味でもHajime Hoshi, Japan and Japanese
Exhibits at World’s Fair St. Louis 1904 は、多くの読者の興味をかきたてるのではないか。
このコレクションには日本美術関係の資料が豊富に集められているので、そのいくつかを拾い読みするだけで、さまざまの新しい発見があるにちがいない。ごく卑近な一例を挙げると、手元にあるMartha R. Clevenger, ed.
“Indescribably Grand”, Diaries and Letters from the 1904 World’s Fair
(1996) には、アート・ギャラリーに出品されていた虎の日本画に魅せられた入場者の言葉 (“I will never forget that picture.”) が記録されているが、その日本画
はSuiseki Ohashi, “Tiger, a Pair of Screens” だったことをThe Exhibition of
the Empire of Japan: Official Catalogue (p. 56) が教えてくれる。さらに、その写真を載せたHistory of the Louisiana Purchase Exposition は(p. 531)、”Ohashi’s tiger,
in every detail of anatomy and texture, is perfect.” という解説とともに、それが優勝金牌を受賞した作品であることを紹介している。なお、スイセキ・オオハシとは「虎の翠石」の異名をとった大橋翠石であることを付記しておく。
この貴重な復刻コレクションを、セントルイス万国博覧会のみならず、20世紀初頭のアメリカ文化に興味を抱く専門家や一般読者に第一級の資料としてお薦めしたい。
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