対象分野:英文学(18-19世紀)、イギリス児童文学・妖精文学・女性文学

『女性フェアリー・テイル作家復刻選集〜オーノワ夫人 / アン・サッカレー・リッチー / メアリー・ド・モーガン』
全4巻+別冊日本語解説
Literary Fairy Tales by Women Writers
【監修:松村昌家(大手前大学名誉教授)編集・解説:村井まや子(神奈川大学准教授)】



2010年11月刊行
A5判 約1,860頁(全4巻)白黒図版多数
ISBN: 978-4-902454-66−6
本体セット価 \ 98,000


英国の読者に最も古くから親しまれた文芸フェアリー・テイルを著したフランスのオーノワ夫人、オーノワ夫人に直接的な影響を受けた、英国のアン・サッカレー・リッチーに加え、モリス、ラスキン、ロセッティ兄妹などラファエル前派との家族ぐるみの交流のなかで育ち、ヴィクトリア時代の女性の視点から辛辣な社会批判に満ちた幻想物語を創造したメアリー・ド・モーガン。これら3作家の主要作品を網羅する復刻文献集です。ウィリアム・ド・モーガン、ウォルター・クレインなどによる貴重な挿絵も多く含みます。

近年再評価の進む、近代フェアリー・テイル文芸の発展と、女性作家が果たした役割を考察する上で欠かせない作品群であり、児童文学研究のみならず、女性史・社会史・比較文化の研究にもお薦めいたします。

◆収録内容◆
VOL.1 (c.530 pp.)
Madame d'Aulnoy,
'The Tales of the fairies'(Chap. IV of The Diverting Works of the Contess d’Anois, 2nd edition), London: John Nicolson, 1715

De Morgan, Mary,
On a Pincushion, and Other Fairy Tales, London: Seeley, Jackson & Halliday, 1877 (with Illustrations by William de Morgan)

VOL.2 (c.465 pp.)
De Morgan, Mary,
The Necklace of Princess Fiorimonde, and Other Stories, London: Macmillan & Co.,1880 (with Illustrations by Walter Crane)

De Morgan, Mary,
The Windfairies, London: Seeley & Co., 1900 (with Illustrations by Olive Cockerell)

VOL.3 (c.430 pp.)
Ritchie, Anne Thackeray,
Bluebeard's Keys and Other Stories, London: Smith, Elder & Co., 1874

VOL.4 (c.440 pp.)
Ritchie, Anne Thackeray,
Five Old Friends and a Young Prince, London: Smith, Elder & Co., 1868 (with Illustrations by Frederick Walker)

◆編集のことば◆    村井まや子(神奈川大学)

 このフェアリー・テイル選集には、17世紀末以降のヨーロッパにおける文芸化されたおとぎ話(literary fairy tale)の発展の過程で、特に重要な役割を果たした3人の女性作家の作品が収められている。ルイ14世治世下のパリとヴィクトリア朝のロンドンのサロンで花開いた、女性たちによるおとぎ話の文化の系譜をたどる貴重な文献をまとめて紹介し、おとぎ話、女性文学、児童文学、ヴィクトリア朝文化の研究に新たな光を当てる画期的なコレクションである。

☆オーノワ夫人 (Madame d'Aulnoy, 1650 - 1705)
17世紀末のフランスで巻き起こったおとぎ話のブームは、貴族の女性たちが自宅で開いた文芸サロンから始まった。サロンの常連でもあったシャルル・ペローに先駆けて、フランスで最初に文芸化されたおとぎ話を出版したのがオーノワ夫人であった。さらに、「おとぎ話」を指す英語の ‘fairy tale’ の語源となった ‘conte de fées(妖精物語)’ という表現を初めて用いたのもまたオーノワ夫人であり、彼女のおとぎ話集が英訳されたのもペローのものより30年も早いことからも、イギリスの読者が文芸化されたおとぎ話に最初に触れたのは、オーノワ夫人を通してだったと言える。
ここに復刻するのは、1707年初版のThe Diverting Works of the Countess d’Anoisに挿絵を付けて1715年に出版された第2版の全4巻の中から、おとぎ話だけを集めた第4巻である。最初の英訳とされる1699年版は現存する版が存在しないため、これが現存するもっとも古い英訳となっている。その後出版されたオーノワ夫人のおとぎ話の英訳は子ども向けに大幅に改変されたものが多いが、これは比較的原文に近く、ペローやグリムの簡潔なスタイルとは味わいの異なる、文芸化されたおとぎ話の黎明期に流行した、もうひとつのおとぎ話文化の源泉に触れることができる。

☆アン・サッカレー・リッチー (Ritchie, Anne Thackeray, 1837 - 1919 )
1895年出版のオーノワ夫人のおとぎ話集の英訳に序文を書いたのが、子ども時代をフランスで過ごしたアン・サッカレー・リッチーである。リッチーは父ウィリアム・メークピース・サッカレーの全集に付した伝記的な序文によって今日もっともよく知られるが、その他にも実に数多くの伝記や小説やエッセイを出版しており、ヴィクトリア朝後期に活躍した代表的な女性作家の一人に数えられる。リッチーは The Rose and the Ringを書いた父親と同じく社会批判の手段としてのおとぎ話にも強い関心を寄せ、「青髭」や「シンデレラ」の再話を含む2冊のおとぎ話集を出している。ロンドンの文化人の輪の中で生涯を送り、ヴィクトリア朝の中産階級の女性たちに向けておとぎ話を現代風に書き換えたリッチーは、オーノワ夫人のスタイルを直接受け継いでいると言えよう。

☆メアリー・ド・モーガン (De Morgan, Mary, 1850–1907)
メアリー・ド・モーガンは、フランス、ドイツに次いでヴィクトリア朝のイギリスでおとぎ話が興隆する過程で、もっとも大きな影響を与えた作家の一人である。彼女もまた、チェルシーの自宅に集うロンドンの先進的文化人との交流で知られ、最初のおとぎ話集 On a Pincushion and Other Fairy Tales(1877年)には、ラファエル前派の画家である兄ウィリアムによる挿絵が付けられている。ド・モーガンが特に親しんだのはドイツ経由でイギリスに入ってきたおとぎ話で、グリム兄弟や、E. T. A. ホフマンなどのドイツ・ロマン派のおとぎ話などの影響が色濃く見られる。しかしそれらとの違いは、オーノワ夫人の物語におけるように、主体的に考え、行動する女性の主人公が多く登場し、女性の視点からの辛辣な社会批判に満ちていることである。また、親交のあったモリスらの唱えた反物質主義的なユートピアへの志向など、大人にのみじゅうぶん理解されうる象徴的な意味の層を読み取ることができる。

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