■ワーズワースをはじめ多くの英国ロマン主義文学者に賛美され、その自然愛の象徴的対象となった湖水地方に関する同時代の文献集成。
■ピクチャレスク・ツアーが流行した時代の主要旅行記と案内書8点を図版、地図とともに復刻。
■英国ロマン主義文学を生んだ時代の一次資料、そして18世紀から19世紀の湖水地方の百科事典的情報源として貴重。
監修者の言葉 〜ロマン派時代の湖水地方をワーズワースから離れて客観化
山形大学教授 小田友弥
1769年に湖水地方を旅したグレイがグラスミアに見たものは、田舎の素朴なたたずまいを維持する「楽園」であった。しかしその後湖水地方は急速に変化し、ワーズワスは『湖水案内』第5版(1835)で、グレイ以後の60年に起こった変貌を嘆くことになる。彼によればこの変化の原因は、自然愛好熱の流行に促され多数の旅行者が湖水地方に殺到したことであった。彼らのあいだでは、この地方での体験を旅行記にまとめ出版することが流行した。また、旅行者の増加に呼応して、旅の道標となる案内書の需要も高まった。こうして湖水地方の旅行記や案内書が次々と出版されたが、本選集は、ワーズワスのいう60年間に世に出た代表的な旅行書を復刻したものである。
18世紀には自然に対する意識に変化が見られ、崇高やピクチャレスクの趣味などが顕著になった。湖水地方に世人の関心を集めることになった自然愛好熱も、自然に対する新しい意識の一端をなすもので、旅行記・旅行案内の作者は、読者の旅心を満たすため自然景観の紹介に心を砕いている。しかし忘れてならないのは、これらの書には景観に関連すること以外の内容、例えば都市化、産業革命、農業革命が進行するなかでの農山村の生活や農業の実像 (そして、都市生活を嫌悪する旅行者の心情が織りなす虚像)、こ
の地方の歴史や名家、名所・旧跡、伝統や習慣、地質や地理、動植物相なども盛り込まれていることである。百科事典的な情報を内包した旅行記や案内は、湖水地方についての包括的な研究の基礎資料としての性格も備えているのである。
本選集から、旅行者が湖水地方の山川湖沼に接した際の感動や、景観への接し方についての旅行者へのアドバイスなどが読み取れる。これらが崇高やピクチャレスクなどの研究に寄与することは明らかである。だがこの選集の意義は、こうした点だけに留まるものではない。湖水地方は18世紀後半以降多くの文学者や芸術家をひきつけてきたが、この地域ととりわけ関連が深いのはワーズワスを中心にしたロマン派である。
19世紀中葉以降のワーズワスの名声の高まりのなかで、彼の目を通して湖水地方に親しむ我々は、彼の記述をこの地方の実態と信じこむ傾向がある。本選集に収められた旅行記・案内では湖水地方が多面的に叙述されており、ハウスマン、グリーン、オトレーなどの作者は、この地方についてワーズワスに優るとも劣らない知識を持っていた。したがって彼らの言葉は、ロマン派の時代の湖水地方を、ワーズワスから離れて客観化することに貢献する。勿論、これは本選集利用法の一例にすぎない。包括的な内容を持つこの選集が、湖水地方に関わる広範な研究に活用され、その一層の進展の一助になることを心より願っている。
■収録文献■
Vol. 1: c.397pp.
Hutchinson, William.
An Excursion to the Lakes, in Westmoreland and Cumberland, August 1773.
1st Edition, 1774. 193 pp.
West, Thomas.
A Guide to the Lakes.
1st Edition, 1778. 204 pp.
Vol. 2: c.267pp
Budworth, Joseph.
A Fortnight’s Ramble to the Lakes in Westmoreland, Lancashire and
Cumberland.
1st Edition, 1792. xxvii, 267 pp.
Vol. 3: c.536pp
Hausman, John.
A Topographical Description of Cumberland, Westmoreland, Lancashire.
1st Edition, 1800. xii, 536 pp.
Vol.4: c.463pp / Vol.5: c.507pp.
Green, William.
The Tourist’s New Guide, containing a description of the lakes, mountains,
and scenery, in Cumberland, Westmoreland, and Lancashire,…being the result
of observations made during a residence of eighteen years in Ambleside and
Keswick.
1st Edition, 1819. xi,vii, 463 pp. / x, 507 pp
Vol. 6: c.547pp.
Wilkinson, Joseph and William Wordsworth.
Select Views in Cumberland, Westmoreland and Lancashire.
1st Edition, 1810. xxxiv, 46 pp. plus 48 plates.
Otley, Jonathan.
A Concise Description of the English Lakes, the mountains in their vicinity,
and the roads by which they may be visited; with remarks on the mineralogy
and geology of the district.
2nd Edition, 1825. 141 pp.
Baines, Edward.
A Companion to the Lakes of Cumberland, Westmoreland and Lancashire; in a
descriptive account of a family tour, and an excursion on horseback…with a
new, copious, and correct itinerary.
2nd Edition, 1830. vii, 312 pp.
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