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分野:日本・アジア近代史/比較文学・文化/西洋の見た日本/移民・植民地研究/メディア史

黄禍論 英語文献シリーズ 第2回配本
『黄禍論史資料集成』40文献・全4巻+別冊日本語解題
Primary Sources of Yellow Peril Series II
Yellow Peril, A Collection of Historical Sources,

編集・解説:橋本順光(大阪大学文学部)

『黄禍論史資料集成』40文献・全4巻+別冊日本語解題

2012年7月刊行
A5判 
約2150頁(全4巻)
本体価格: ¥118,000 (セット) 
ISBN: 978-4-86166-033-7

 

●反日・反アジア主義小説集の第一回配本に続き、今回はそれらの小説とも密接に関連する史資料40点を復刻集成。
●19世紀末から第一次世界大戦まで、作家、外交官、研究者、ジャーナリストらの論説や研究書からの抜粋、パンフレット、雑誌論文などを収録し、経済的・軍事的脅威論の系譜を追う文献集。
●同時に、日本やアジアのナショナリストたちの反論も収載、東西の複雑なメディア戦争を再現する。
●日本、東アジア、英国の近代史研究だけでなく、明治から大正初期のアジアと西洋間の関係史、そして比較文学・文化、メディア史の資料として広く利用可能なコレクション

◆編者からの言葉◆ 橋本順光

アジアからの脅威を訴える黄禍論は、これから起こるかもしれないシナリオという性格上、どこか小説と似通ってしまう。それゆえ英国では世迷い言と一笑に付される一方で、想像力を膨らませて娯楽小説が多く書かれることにもなった。いや笑い事ではないという警告、さらなる反論と、フィクションと評論の双方で百家争鳴を引き起こすことになる。この復刻では、入手困難な論説40点を精選し、政治と小説が乗り入れてメディア論争が広がる過程を再現する。

第1巻の冒頭には、虚構と論説が混じり合った典型ともいえるパンフレットを収録した。中国が世界の覇権を握った未来で、ローマ帝国のように大英帝国がなぜ滅んだのかを考察した論文という体裁である。日露戦争に触発され、同じ警世の趣向は、2005年の東京で刊行された大英帝国衰亡史の教科書という設定に変化する(第3巻)。こんなふうに英国ではジャーナリストが、その主張に沿ってフィクションを書くことは珍しくない。第4巻収録の東洋通ウィールはその代表であるが、逆に職業作家が時事評論を書くことも多々ある。たとえばハガードの講演(第4巻)は、小説『女王の復活』(1905)での黄禍論と多く共通している。黄禍論小説集と比較すれば、今回の史資料はそんな相関を多々見いだすことができるだろう。第2巻のWar of the Civilisationsは、第1回配本の小説With the Allies to Pekin (1904)で言及された参考資料である。また同配本のYellow Danger (1898)は、第1巻所収のNational Life and Character (1893)を小説にしたようだと書評され、そんなYellow Dangerに反論したのが、同巻収録のNew Far East (1904)といった具合である。

こうした黄禍論小説で、ともすれば害虫のように描かれたアジアの人々も、議論の蚊帳の外にいたわけではない。モンテスキューの『ペルシア人からの手紙』を模したディキンソンのLetters from John Chinaman(第2巻)はガンジーやタゴールにも愛読されるなど各地で話題になったが、清朝政府高官の筆と信じられ、後の米国大統領候補ブライアンは駐米公使の伍廷芳ではないかと勘違いして反論(第2巻)を書いている。そんな事態を引き起こすほど、すでに多くの東洋人たちが英語で論陣を張っていたのである。実際、ペナン出身でシンガポールの記者だった林文慶は、大英帝国の臣民として黄禍論に反論し(第2巻)、その真っ当な批判はホブソンの『帝国主義論』(1902)でも引用されている。

反論ではなく、むしろ油を注いだ東洋人や東洋通もいた。第二のジンギスカンが現れるのではという、Yellow Dangerのような幻想の発端は、末松謙澄が書いた義経=ジンギスカン論(第3巻)であった。末松の書は同時代の日本で翻訳されアジア主義を刺激したが、英領インドへの影響も含め、そんな風潮が英国で紹介され危険視されたのは第4巻にあるとおりである。日露戦争時にそんな黄禍論を押さえ込むため英国で活躍したのは、皮肉なことに末松だったが、文明国であるという宣伝は同時に、日本脅威論へと逆用されることにもなる。

日露戦争と辛亥革命により、アジア人のためのアジアというスローガンに集約されるアジア主義がかまびすしく議論され、それぞれの思惑のなかで小説と政治、そして英国と東洋と、双方の間で乱反射しながら黄禍論が立ち上がってゆく。この小説集と史資料集はその一例にすぎないが、ここから意外な連関や広がりを見いだすよすがにはなるかと思う。

◆収録文献◆
Vol. 1 (c. 487 pp.): Pearson's Prediction: Yellow Peril or White Hope? 「黄禍論の予言者ピアソンとその余波」 
Introduction and Bibliographic Notes by Yorimitsu Hashimoto

Lang-Tung, pseud.,
The Decline and Fall of the British Empire: Being a History of England Between the Years 1840-1981, London : F. V. White, 1881, 32 pp.
未来の中国人が英国衰退の歴史を記した小冊子。ただ筆名が「提灯」のしゃれであるように中国の覇権はあくまで幻想に留まっている。

Charles Henry Pearson
National Life and Character: A Forecast, Chap. 1 "The Unchangeable Limits of the Higher Races" & 2"The Stationary Order in Society" London : Macmillan and Co., 1893, pp.29-133, 105 pp.
中国とインドが人口を増やし、西洋は没落して文明は衰退すると、オーストラリアでの閣僚経験をもとに未来を予言。元来、中世史の専門家だったピアソンによるこれらの指摘は、白豪主義をはじめ、英語圏で多大な影響を及ぼす。

Henry Norman
The Peoples and Politics of the Far East, Chap. 24 "The Japan of To-Day", Chap. 25 "Asia for the Asiatics", London : T. Fisher Unwin, 1895, pp. 375-404, 30 pp.
ピアソンに同意し、『ジャパン・ウィークリー・メール』の大隈重信の論説を引くなどアジア主義に警鐘を鳴らす。著者は後に政界へ。

George N. Curzon
Problems of the Far East, Chap. 13 "The Destines of the Far East", London : Archibald Constable & Co., 1896, pp. 390-412, 23 pp.
後のインド総督カーゾンによるアジア旅行記。日清戦争の考察を収めた1896年版。英国の優位と覇権を疑わないカーゾンにとって、ピアソンの懸念は取り越し苦労でしかない。ほかの箇所でも福島安正を英雄視する騒動への冷笑的な言及あり。

Valentine Chirol
The Far Eastern Question, Chap 10 "The Japanese Industries at the Kyoto Exhibition", London : Macmillan, 1896, pp.124-137, 29 pp.
チロル(4巻)は外交にも大きな影響を与えたタイムズ紙の名物特派員。日清戦争後の極東情勢を分析したタイムズ紙連載の書籍化。京都での第四回内国勧業博覧会の盛況に触れて英国への経済的脅威を指摘。ラフカディオ・ハーンの「旅の日記から」でも援用される。

Henry Norman
The Awakening of the East, Preface, London : William Heinemann, 1900, v-xi, 7 pp.
フランスで刊行されたルロワ=ボリュの『東洋の覚醒』英訳版の序文。先のノーマンが持論の補強として援用。

Alfred Stead
China and her Mysteries, Chap. 11 "The Yellow Peril", London : Hood, Douglas, & Howard, 1901, pp.116-125, 10 pp.
日本派ジャーナリストのステッド(3巻)は、黄禍というなら中国、とその脅威を強調。4巻所収の中国派ウィールと好対照をなす。

Archibald R. Colquhoun
The Mastery of the Pacific, Chap.14-15 "Japan in Pacific", Chap. 16-17 "Other Powers in the Pacific", London : William Heinemann, 1902, pp.347-408, 62 pp.
人種と文明が衝突する太平洋というヴィジョンをいち早く予見した書。コフーンは、中国問題の専門家として著名。

George Lynch
The Path of Empire, Chap. 7 "The Japanisation of China", London : Duckworth, 1903, pp.92-106, 15 pp.
義和団事件に同情的だったリンチ(4巻)によるアジア再訪記。こうした日本と中国の連携を警戒した論説は、日露戦争以降に頻出。

Arthur Diosy
The New Far East, Frontispiece, Chap. 8 "The Yellow Peril", London : Cassell & Co., 1904, pp. 327-339, 13 pp.
クナックフスの黄禍の絵を引いて、中国人の勤勉な姿を対置(久保田米遷画)。しかし、その反論は経済的脅威を煽ることにも。

W. Petrie Watson
Japan: Aspects & Destinies, Frontispiece, Chap. 13 "In the Machine Shop", 16 "The Commercial Imagination", 34 "Weltpolitik of the Revolution", 35 "Vis a Vis the Tradition", 36 "The Climax and the Parable", 37 "The Crisis", London : Grant Richards, 1904, Frontispiece, pp.106-113, 133-141, 302-336, 52 pp.
日露開戦前夜の日本観察記。ブリタニアとやまとひめがアジアの子供たちを見守る有名な漫画など、当時の挿絵も引用。

Meredith Townsend
Asia and Europe, 3rd ed., Preface, Chap. 1 "The Influence of Europe on Asia", London : A. Constable, 1905, ix-xxiv, pp. 19-42, 40 pp.
アジア問題の権威として長く参照された書物の序文。中東から極東までの「アジア」像が日露戦争によって変わることを懸念。

Edward Carpenter
Towards Industrial Freedom, 2nd ed., Chap. 9 "Social and Political Life in China", London : George Allen & Unwin, 1918, pp.164-212, 49 pp.
1907年に寄稿した論文の再録。カーペンターは、日本でもよく読まれた詩人兼思想家。ピアソンを援用したハーンの「柔術」に触れながら、東洋からの覚醒と脅威はむしろ西洋の覚醒を促すのではと、世界の一体化と変革を楽観的に予見。

Vol. 2 (c.483 pp.) :The Boxer Rebellion - Letters to and from China「中国と西洋の覚醒 義和団事件をめぐる往復書簡」 
George Lynch
The War of the Civilisations, Chap. 1 "Shanghai, the Liverpool of the East…", 7 "The Church Militant at Peitang…", 10 "Life in Pekin...", 17 "Civilisation Old and New…", 19 "Arms and the Men…", 23 "China Evacuated, not Pacified…", 24 "Western Barbarians and Eastern Civilisation...", 25 "Concluditory"., London : Longmans, Green and Co., 1901, pp.1-16, 93-101, 134-149, 216-224, 233-247, 279-302, 89 pp.
リンチ(1巻)による義和団の記録。第一回配本の黄禍論小説With the Allies to Pekinの参考書になるなど広く参照される。

Robert Hart
These from the Land of Sinim, Chap. 1 "The Peking Legations", 4 "China and Non-China", 5 "The Boxers: 1900", London : Chapman & Hall, 1901, pp.1-59, pp.116-170, 114 pp.
清朝中国に雇われていたロバート・ハートによる義和団事件の記録。人種戦争の例としてもよく引用された。

Anon. [Finley Peter Dunne]
Mr. Dooley's Philosophy, "The Chinese Situation", "Minister Wu", "The Future of China", New York : R. H. Russell, 1900, pp.77-95, 19 pp.
アイルランド系の口を借りた社会風刺。駐米公使の伍廷芳も登場。義和団事件は、こうした擬装による風刺の伝統を変容させることに。

John Chinaman [Goldsworthy Lowes Dickinson]
Letters from John Chinaman, London : R. Brimley Johnson, 1901, 62 pp.
E.M.フォースターと親しかったケンブリッジのフェローによる伝統的な「中国人からの手紙」。清朝高官が匿名で書いたと信じられ、インドでもよく読まれる。作家チェスタトン(4巻)が表紙を書いた稀少な初版を収録(ディキンソンがその絵を嫌い、すぐに改訂されたため)。

Wen Ching [Lim Boon Keng,林文慶]
The Chinese Crisis from Within, Chap. 18 "The White Peril: From the Imperial and Official Standpoint", 19 "The White Peril: From the Popular Standpoint", London : Grant Richards, 1901, pp.285-329, 45 pp.
シンガポールのStraits Times紙で活躍した林文慶が、筆名で書いた黄禍論批判の書簡。文明国家による略奪を批判したその主張は、ホブソンの『帝国主義論』やジョンストン(4巻)の『紫禁城の黄昏』でも引用される。

William Jennings Bryan
Letters to a Chinese Official: Being a Western View of Eastern Civilization, London & New York : Harper & Bros, 1906, 105 pp.
駐米公使の伍廷芳による書籍と勘違いして書かれた反論の手紙。著者は雄弁で知られる米国の政治家。

George Peel
The Friends of England, Chap. 10 "The Case of the Yellow Peril", Chap. 11 "The Reply of Christendom", London : John Murray, 1905, pp.206-237, pp.238-254, 49pp.
著者は阿片戦争終結時の首相ロバートの孫。その時以来割譲された香港で、とある中国人に出会い、その英国批判を紹介して反論。

Vol. 3 (c.461 pp.)
Part 1: The Spectre of Genghis Khan: Japan as Model and Monster 「第1部: ジンギスカンの亡霊とモデルとしての日本 」
Kencho Suyematz [末松謙澄]
The Identity of the Great Conqueror Genghis Khan with the Japanese Hero Yoshitsune: An Historical Thesis, London : W.H. and L. Collingridge, 1879, 147 pp.
公使館勤めの末松謙澄が源氏物語を英訳する傍ら、ジンギスカンは義経だったと主張した奇書。同時代の邦訳は義経=ジンギスカン説の一大ブームを引き起こす。日露戦争時、そんなアジア主義と拡大主義への懸念を打ち消すため末松は東奔西走する。

C. Pfoundes
Lucifer, A Theosophical Magazine, Vol. 2 (June 15th, 1888), "The Romantic Story of Genghis Khan", London : Theosophical Publishing, 1888, pp.277-280, 4 pp.
神智学協会誌での末松の説の好意的な紹介。東方の智恵を復活させようとする同協会はこうしてインドやアジアのナショナリズムを刺激。

Arthur Morrison
Strand Magazine, May 1912, " The Japanese Bayard-Minamoto Yoshitsune", 1912, pp. 531-538, 8 pp.
浮世絵研究家としても有名な推理小説家モリソンによるジンギスカン=義経説の紹介。こうした幻想は冒険小説の着想源となる。

Alfred Stead
Great Japan: A Study of National Efficiency, Forward, Chap. 2 "Patriotism", 3 "Bushido, the Japanese Ethical Code", London : John Lane, 1906, foreword, i-vii & pp.19-58, 54 pp.
末松の広報外交を援護したステッド(3巻)。ボーア戦争に辛勝した英国は、武士道に学ぶべきとモデルとしての日本を提示。

Vivian Gray [Elliot E. Mills]
The Decline and Fall of the British Empire, Alden & Co.: Oxford, 1906, 54 pp.
2005年の未来に日本人歴史家によって書かれた大英帝国衰亡史の教科書という設定のパンフレット。改訂第二版。筆名はディズレイリの小説にちなむ。モデルとしての日本は同時に潜在的脅威ともなった一例。明治時代から翻訳・翻案されており、日本とも縁が深い。

Part 2: The Russo-Japanese War as Racial Conflict 「第2部:人種戦争としての日露戦争」
Francis McCullagh
With the Cossacks, Part II: Chap. 1 "I Join Mishchenko", 8 "The Battle of Mukden", 13 "The Retreat from Mukden", 16 "Back to Liaoyang", 17 "From Liaoyang to Dalny", 18 "From Dalny to Japan as a Prisoner of War", London: Eveleigh Nash, 1906, pp. 95-115, 221-227, 280-312, 341-392, 113 pp.
ロシア軍に従軍し捕虜として護送された記者は人種戦争だと実感。大正時代の邦訳は伊藤整の『得能五郎の生活と意見』でも援用される。

F.A. McKenzie
The Unveiled East, Chap. 1 "The Purpose of New Japan", 2 "The Fight for the Pacific", 9 "Japan's Commercial Campaign", 13 "The Problem of the Emigrant", 22 "Japan and Christianity", 23 "England's Opportunity", London : Hutchinson & Co.,1907, pp. 1-30, 119-130, 163-178, 305-322, 75 pp.
著者も元ロシア軍従軍記者。邦訳『朝鮮の悲劇』で著名。日本の拡大主義や移民の増加についてハーンを引用して警戒。

第4巻 (c. 460 pp.):The Breakup of China and Asia for the Asiatics 「アジア主義への警戒と辛亥革命」
H. Rider Haggard
The Days of My Life, Vol. II, Appendix, London : Longman, green & Co., 1926, pp. 261-272, 12 pp.
『ソロモン王の洞窟』で有名な作家による1905年の講演再録。日本により中国が覚醒する脅威は小説『女王の復活』でも活写。

Francis Younghusband
The Empire and the Century, "Our True Relationship with India", London : John Murray, 1906, pp. 599-620, 22 pp.
著者は、1904年にチベットに遠征した有名な探検家。ロシアに対する日本の勝利がインドに及ぼす悪影響を懸念。

L. E. Neame
The Asiatic Danger in the Colonies, Chap. 1 "An Empire Problem", 2 "The Value of the Asiatic", 4 "Asiatic Competition", 6 "The Case of Australia", 7 "Some of the Dangers", 8 "What is the Remedy ", London : George Routledge & Sons, 1907, pp. 1-19, 24-52, 70-107, 86 pp.
世紀転換期、鉱山労働者として中国系やインド系の移民が導入された南アフリカ。現地のジャーナリストによる反移民の書。

Seven Bishops [W. Awdry, J. C. Hoare]
Mankind and the Church, Pt.3 Chap. 5 "Contribution of the Japanese", Pt..4 Chap. 1 "Characteristics of Chinese", London : Longman, Green & Co., 1907, pp.227-236, 239-251,23 pp.
前者の執筆者オードリーは東京在住の聖職者。アジアとキリスト教の衝突と融和を論じる。末松も反論した日露戦争時の発言でも有名。

Douglas Story, To-morrow in the East
Preface, Chap.23 "The Spirit of Nationalization", London : Chapman & Hall, 1907, pp.243-255, 13pp.
元ロシア軍従軍記者がアジアを再訪。タウンゼント(1巻)そのままに、スエズ以東の東洋人が自立し経済的脅威を及ぼしていると警告。

R.F. Johnston
From Peking to Mandalay, Chap. 17 "Bhamo to Mandalay", 18 "Conclusion", Note 46-48, London : John Murray, 1908, pp.322-390, 441-446, 75 pp.
後の宣統帝家庭教師ジョンストンによる英領ビルマ旅行記。ピアソンを援用したハーンの「柔術」に基づき、経済的脅威を示唆。

Valentine Chirol
Indian Unrest, Chap. 3 "A Hindu Revival", 11 " Revolutionary Organizations Outside India", Macmillan and Co: London, 1910, pp.24-36, 145-153, 27 pp.
チロル(1巻)のインド論。日露戦争や神智学協会(3巻)によりインドのナショナリズムが過度に刺激されていることに懸念を示す。

B. L. Putnam Weale
The Conflict of Colour, Chap. 2 "The Yellow World of Eastern Asia", London : Macmillan, 1910, pp.122-183, 62 pp.
中国派のウィールは、日本派ステッドのGreat Japan(3巻)に反論。ピアソンを援用して黄禍といえば日本のアジア主義と警告。

A. M. Thompson
Japan for a Week, Chap. 20 "Barbarism and Civilisation", 21 "China's Awakening", London : John Lane, the Bodley Head, 1911, pp.167-198, 32 pp.
リンチ(1巻)を引いて、中国の覚醒こそ経済的な脅威をもたらすのではと分析。帰国後、著者はミュージカル『ムスメ』の台本を執筆。

Gerorge R. Sims
Off the Track in London, Chap. 11 "In Limehouse and the Isle of Dogs", Jarrold & Sons: London, 1911, pp.180-196, 17 pp.
ロンドンの阿片窟に、革命騒ぎで混乱する中国が二重写しにされる。そんな風潮を生んだ阿片窟潜入ルポの代表作。

B. H. Chamberlain
The Invention of a New Religion, London : Watts & Co., 1912, 30 pp.
ステッドや末松が宣伝する武士道(3巻)は捏造された伝統と批判。『日本事物誌』1927年版に再録された小論の稀少な初出原本。

G. K. Chesterton
What's Wrong with the World, "The Empire of the Insect", London : Cassell & Co., 1913, pp.257-265, 9 pp.
英国の武士道熱を批判し、盲目的な愛国心は蜂や蟻を思わせると風刺。東洋人の群衆を昆虫になぞらえる黄禍論小説と通底。

E. Bruce Mitford
Japan's Inheritance, Chap. 18 "Japan as a Colonial Power", 19 "Where East meets West", 22 "A Peep into the Future", New York : Dodd, Mead & Co., 1914, pp.329-380, 52 pp.
外交官としての著作『英国貴族の見た明治日本』などでは親日的で知られるミットフォード。しかし、反ユダヤ主義で悪名高いヒューストン・チェンバレンの『十九世紀の基礎』英訳に序文を書く一面も。ここでも小説Yellow Dangerそのままに日中連合による人種戦争を予言。

◆シリーズ既刊◆

黄禍論:英語文献復刻シリーズ
Primary Sources on Yellow Peril
第1回配本『英国黄禍論小説集成』全7巻
Yellow Peril, Collection of British Novels 1895 - 1913
編集・解説:橋本順光

◇2007年1月刊行
◇全7巻・約2,700頁
◇本体価格:¥138,000 (セット)
◇ISBN:4-86166-031-9

●世紀転換期に欧米で吹き荒れた反東洋、黄禍論に関する同時代の一次資料を集成する新シリーズ
●第1回配本は「怪人フー・マンチュー博士」シリーズに代表される英国の小説9編の初版、または今日の研究に重要な版を、図版含め復刻

編者より  橋本順光

日英同盟(1902)のせいだろうか、英国で黄禍論というのは奇異に響くかもしれない。たしかにオーストラリアを別とすれば、アメリカとちがって国内には東洋系移民が少なく、帝国主義政策においても、ドイツやフランスのように黄禍の脅威を利用することはあまりなかった。しかし、それだけに、英国本国では黄禍論をむしろ娯楽として消費できる素地があったといえる。阿片窟で陰謀をめぐらす東洋系悪役の原型となったフー・マンチュー博士シリーズ(1913-1959)は、そもそも英国の産物である。橋川文三が『黄禍物語』(1976)のなかで、参考書になるかと思って閲覧して失望するYellow Danger (1898)は、そんな黄禍論小説の先駆けにほかならない。本小説集は、これまで等閑視されてきた娯楽としての黄禍論の系譜を、大衆小説や戦記小説の伝統のなかでたどる試みである。

橋川の『黄禍物語』にはまた、“ジョン・チャイナマン”の手紙(1901)についての一章がある。義和団事件での列強の介入について、中国人が批判したという設定の書簡集だが、橋川も誤解したように、刊行当時、本当に中国人が書いたと信じる人々がいた。ちょうどそのころ、東洋の知識人たちは盛んに英語で発言し始めていたからである。実際、曾国藩の息子である曾紀沢、末松謙澄、大隈重信、シュリ・オーロビンドなど、立場の相違はあれ、彼らの言論活動は、黄禍論へと援用されることもしばしばだった。本シリーズの資料集では、英国で黄禍論がどのように論じられ、反論され、流用されたのか、いわばメディア戦争の先駆を再現したい。そうすることで、黄禍論小説とジャーナリズムが興味深い触媒反応をおこしていたことが明らかになるだろう。

アジアのナショナリズムやアジア主義と複雑に絡み合った黄禍論、そして、その議論を巧みに流用しつつ、黄禍論を刺激していったアジア幻想、そんな英国での知られざる系譜を本シリーズは復刻しようとするものである。

■収録作品■

第1巻[約560頁]
Introduction by Yorimitsu Hashimoto

Hemyng, Bracebridge, Jack Harkaway and His Son’s Adventures in China
London: “Boys of England” Office, 1895: pp.171.
Jack Harkawayとその息子、後には孫が、世界中を冒険しながら成長してゆく人気シリーズの中国物。ジョージ・オーウェルが「少年週刊誌」(1940)で分析したような、いつまでも変わらない中国と中国人というステレオタイプの代表例。Penny Dreadfulからの系譜を受け継ぐその中国人の悪役は、Fu Manchuの原型の一つに。

Shiel, M. P., The Yellow Danger
New York, R. F. Fenno & Co.; London, G. Richards, 1899: pp.388.
変わりゆく東洋事情を巧みにとりこんだ、英国における黄禍論小説の嚆矢。父が日本人、母が中国人というYen Howは、伊藤博文と李鴻章を説得し、日中同盟を成立させ、西洋に復讐を始める。著者は、アイルランド系で西インド出身。既にRoutledgeから復刻されている初版(London, 1898)でなく、アメリカについての記述を変更したアメリカ版。

第2巻[約390頁]
Henty, George Alfred, With the Allies to Pekin: A Tale of the Relief of the Legations
London, 1904: Blackie & Son, 1903: pp.384.
Hentyはヴィクトリア朝後期を代表する冒険小説家で、これは義和団事件に取材した作品。ここで早くも描かれた日本の微妙な位置は、映画『北京の55日』(1963)まで連綿と続くことになる。それはまた、Jack Harkawayのような従来の冒険小説では、西洋化・近代化しはじめた東洋を描きにくくなったということでもある。

第3巻[約325頁]
Griffith, George, The Stolen Submarine: A Tale of the Russo-Japanese War
London: F. V. White & Co., 1904: pp.320.
Griffithは、飛行船の脅威を描いたThe Angel of the Revolution (1895)が既に復刻され、Wells以前のSF作家として有名だが、黄禍論をしばしば訴えた。ここでは飛行船ではなく、潜水艦の脅威を描く。日露戦争を舞台にした英国の多くの小説がそうであるように、この作品も日本を好意的に描いているが、かわりに中国の不気味な博士が登場する。

第4巻[約320頁]
Sedgwick, Sidney Newman, The Last Persecution
London: Grant Richards, 1909: pp.314.
未来の1946年、バッキンガム宮殿に君臨するthe Ping Wangは、キリスト教を禁じ、孔子崇拝の徹底を布告する。そうして起こる拷問と殉教の数々。英国では珍しく、中国人による英国征服を描いた終末論的小説。

第5巻[約320頁]
Dorrington, Albert, The Radium Terrors
London: Eveleigh Nash, 1912: pp.316.
日本人の科学者、Teroni Tsarka博士が、ラジウムを使って西欧世界の転覆を謀る小説。最終兵器としての細菌兵器は十九世紀末の小説でしばしば登場し、The Yellow Dangerなどにも見られるが、発見まもないラジウムを使ったところが目新しい。

第6巻[約300頁]
Westerman, Percy F., When East Meets West: A Story of the Yellow Peril
London: Blackie & Son, 1913: pp.292.
Osaka Toyaなる日本人スパイが暗躍するなか、日中同盟軍が西洋に反旗を翻す。Shielが二番煎じのThe Dragonを書いた同じ年に、彼のThe Yellow Dangerのプロットを、人気作家Westermanは巧みに換骨奪胎してみせた。これ以降、著者は、両大戦を舞台にした少年向け冒険小説を百冊以上書き続けることになる。彼が好んで描いた飛行機はこの小説にも登場。

第7巻[約440頁]
Lengyel, Melchior, Typhoon: A Play in Four Acts / English Version by Laurence Irving
London: Methuen, 1913: pp.120.
レンジェルは、『ニノチカ』などで知られるハンガリーの劇作家で原作はドイツ語。しかし、この戯曲も翌年には早川雪洲主演で映画になったように、英語圏で広く流布。殉死を厭わない日本人スパイたちとその陰謀という主題は、その後の黄禍論小説の定番に。

Rohmer, Sax, The Mystery of Dr. Fu-Manchu
London: Methuen, 1913: pp.308.
黄禍論小説の代表作。チャイナタウンの阿片窟にアジトをもち、国際暗殺団をあやつるフー・マンチュー博士と、その陰謀に戦いを挑むペトリーとスミス。シャーロック・ホームズの型を踏襲しつつも、圧倒的な存在感をもつのは、Yen Howの末裔ともいうべきフー・マンチューにほかならない。多数、復刊はあるものの、今回は稀覯な初版を初めて復刻。