戦前・戦中期に活躍した西洋人ジャーナリストによる日本・アジア関連著述を復刻集成するシリーズの第2回配本は、20世紀前半に東アジアからの報道の場で活躍した、英米女性ジャーナリストたちの著作を集めます。19世紀後半、社会的に自立し、活動の場を世界に求めた欧米の「新しい」女性たちは、当初、教師、宣教師や看護婦などの職につきアジアやアフリカの植民地を目指しますが、20世紀に入ると国際報道に職を得て、ジャーナリストとして世界各地で活躍する女性たちが現れます。彼女たちの内には新聞・雑誌社の記者として中国や日本に派遣され、様々な記事を送ると同時に、その経験や見聞を執筆、単行本として出版した者もいました。
本コレクションではそのような女性ジャーナリスト11名による著書16点を復刻集成します。戦前、戦中期に東アジアの最前線に身を投じた彼女たちは、当時の政治情勢だけでなく、社会の内面へもより強い関心を持ち、幅広い問題に関する著述を残しており、そのなかには、Gentlemen of Japan: A Study in Rapist Diplomacyのような戦中の日本に関する書籍や、Ellen Thorbeckeによる香港や上海の報道写真集のように、入手の困難な中国の英文出版社の刊行物なども含まれます。
東アジア近代史、メディア史研究だけでなく、女性史、ジェンダー史研究の資料としてもお薦めいたします。
推薦文
最前線に立った女性ジャーナリストたち
土屋礼子(早稲田大学政治経済学部教授)
現代の先進国では、もはや女性ジャーナリストは特別な存在ではないが、その登場は新聞が大衆化し始めた19世紀末からと、ジャーナリズム史の中では遅かった。女性記者がまず活躍し始めたのは米国で、女性の視点からの事件報道や、危険な場所や問題のある機関に潜入したりする冒険的な女性記者の武勇談が喧伝された。日本でも1890年代、明治半ばに羽仁もと子をはじめとする女性記者が誕生した。しかし、1960年代頃まで女性記者はまだごく少数で、物珍しい、時には嘲笑と侮蔑をもって語られる存在であった。本シリーズでは、そうした時代に、中国と東アジアを活写した欧米の女性ジャーナリスト11名の作品が集められている。その内の7名が米国の女性であるのは、欧米世界における女性記者の状況を表している。
看護婦から転身しアヘン貿易の問題を追及したエレン・ラ・モット。記者から米陸軍のスパイとなりソ連に派遣されたマルグリーテ・ハリソン。軍閥指導者の張作霖や呉佩孚に女性外国記者として初めてインタビューしたエドナ・ブッカー。ポーランド生まれで蒋介石と宋美齢の広報宣伝に携わったアイロナ・スー。映画にもなった宋霞齢、宋慶齢、宋美齢の三姉妹の伝記を書いたエミリー・ハーン。ベルリン生まれでプラハで再婚した夫とやって来た中国で写真を撮ったエレン・ソーベック。こうプロフィールを書き並べるだけで興味をそそられる彼女達の著作は、記録として貴重なだけでなく、男性ジャーナリストが書き得なかった二十世紀前半の中国やアジアの側面に触れ、国際的な諸問題の根本に果敢に迫っている。アジアと欧米の狭間で、帝国主義や民族主義や共産主義やあらゆる思想がぶつかり合う最前線で、当惑と怒りと感激と悲しみと冷静な観察の間を揺れ動く、彼女達の生き生きとした叙述を、この復刻版でぜひ味わってほしい。
Vol. 1:
General Introduction: Peter O’Connor
La Motte, Ellen, Peking Dust, New York: Century, 1919, c. 250 pp.
La Motte, Ellen, The Ethics of Opium, New York: Century, 1924, c. 205 pp.
Vol. 2:
Harrison, Marguerite, Red Bear or Yellow Dragon?, New York: George H. Doran Company, 1924, c. 300 pp.
Vol. 3:
Munday, Madeleine C., Far East, London: S. Paul, 1935, c. 290 pp.
Munday, Madeleine C., Rice Bowl Broken, London: Hutchinson, 1947, c. 145 pp.
Vol. 4:
Booker, Edna Lee [Edna Lee Potter], News is My Job: A Correspondent in War-Torn China, New York: Macmillan, 1941, c. 400 pp.
Volume 5
Oakes, Vanya (1943) White Man’s Folly, Boston: Houghton Mifflin, pp.415
Volume 6
Sues, Ilona Ralf (1944) Shark’s Fins and Millet, New York: Garden City Publishing, pp.331
Vol. 7:
Haven, Violet Sweet, Gentlemen of Japan: A Study in Rapist Diplomacy. With a Foreword by James R. Young, Chicago, New York: Ziff-Davis, 1944, c. 350 pp.
Vol. 8:
Hahn (Hahn Boxer), Emily, Hong Kong Holiday, New York, Doubleday & Company, 1946, c.315pp.
Thorbecke, Ellen, Hong Kong, photographed and depicted by Ellen Thorbecke with sketches by Schiff, Shanghai: North China Daily News & Herald Ltd., c. 1938, c. 70 pp.
Vol. 9:
Thorbecke, Ellen, Shanghai, photographed and depicted by Ellen Thorbecke with sketches by Schiff, Shanghai: North China Daily News & Herald Ltd., c. 1937, c. 88 pp.
Argall, Phyllis, Prisoner in Japan, London: Geoffrey Bles, 1945, c. 256 pp.
Vol. 10:
Strong, Anna Louise, China Fights for Freedom, London L. Drummond, 19 39, c. 240 pp.
Strong, Anna Louise, The Chinese Conquer China, New York: Doubleday, 1949, c. 282 pp.
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シリーズ既刊・第1回配本
『欧米ジャーナリストの記した戦前期日本』16文献・合本10巻
Western Journalists on Japan, China and Greater East Asia,1897-1956, Series 1: Japan,1897-1942
編集・解説:Peter O’Connor (ピーター・オコーノ 武蔵野大学教授)
2012年12月刊行
総ページ数:約3,950頁
価格¥168,000(本体)
ISBN: 978-4-86166-171-6
推薦文: 土屋礼子(早稲田大学教授)
国際ジャーナリストという存在は19世紀末に生まれた。それまで遠い珍奇な国々の風物や出来事は、旅行家や伝道師の紀行や冒険譚、植民地からの通信によって紹介されてきたが、19世紀後半に新聞が欧米先進国を中心に大衆化し始めると、政治家や貿易商とともにジャーナリストが地球を駆け巡り、電信や電話でニュースを送るようになった。記者による同時代の記事によって、読者は見知らぬ国々の異なる文化の人々の有り様を想像し、自国の置かれた状況に思いをめぐらした。特に西洋のメディアにとって、東アジアは遠い不思議に満ちた地域であるとともに、近代化で勃興する日本と植民地化に苦しむ中国を軸に、世界の動向を占う重要な地域でもあった。本シリーズに収められたのは、そうした欧米ジャーナリストたちが綴った20世紀前半の日本及び東アジアに関する著作である。
このうち満州事変以前の著述には、近代化を進める日本に対する驚嘆や興味が色濃く感じられ、西園寺公望や広田弘毅など外交の舞台に立った要人たちの正装写真が頁を飾っているのが目を引く。一方、満州事変以降のものは、「ファシスト日本」を印象づける昭和天皇の乗馬姿や靖国神社前に整列する兵士たちの写真が目に付き、日本軍に蹂躙された中国や東南アジアに寄り添う視点から書かれている記述が主である。いずれも非西欧文化への憧憬に満ちた日本論ではなく、アジアにおける日本の現実を批判的にとらえた著作である。たとえば、「火山島(Volcanic Isle)」では一つの章を割いて、記者が体験した日本での検閲の実態が描かれており、当時の欧米記者の実際の処遇を知る上からも興味深い。今日では入手が困難な著作を集めたこのシリーズは、国際政治、メディア史、比較社会・文化論などの分野において、欧米の国際ジャーナリストがどのように近代の日本と東アジアを捉えて伝えたかをまとめて知りうる貴重な資料集である。 |