●ジョン・スチュアート・ミルが1820年〜21年に留学、滞在したフランスでの日記のトロント大学版ミル全集 (Journals and Debating Speeches, The Collected Works of J. S. Mill) に未収録の期間も含めた完全版。
●関西学院大学図書館所蔵の未公刊日記手稿のファクシミリ・リプリントに加え、大英図書館およびセント・アンドリュース大学図書館所蔵の日記手稿も含め、全テキストを翻刻することで、注釈と各手稿テキスト間の比較研究が可能となる。
◆収録内容:
1) Introduction
2) Editorial Notes and Acknowledgements
3) Facsimile Reproduction of the Notebook in Kwansei Gakuin University Library, c.70 pp.
4) Transcribed Text of the Notebook with Annotations, c. 290 pp.
◆編者より
『J.S. ミル評伝』(A. べイン著、山下重一・矢島杜夫訳、お茶の水書房)にも記されているように、父ジェームス・ミルより、驚くほどの早期教育を受けたジョン・スチュアート・ミルの「少年時代の最も重要な記録は、彼が15歳の時のフランス旅行」の日記であり、この『フランス日記』を通して「彼の知識の真の特徴と、その年頃の彼の知的能力をある程度正確に実証」することができる。フランスに移住していたジェレミー・ベンサムの弟一家の招きで留学したJ.S.ミルは、フランス語を学ぶと同時にヴォルテールなどの文学、思想に触れ、微分学など数学も学んだ。その間ジャン=バティスト・セイ宅にも滞在している。このフランス旅行はミルの成長に大きく貢献し、「ある意味では、この旅行はミルが53年後にアヴィニョンに葬られるまで終わらなかった。なぜなら、彼は生涯を通じてフランスとの接触を新たにするごとに、人間とその相互関係について、より深くより刺激的な知識に導かれたからである」。(I.W.ミュラー著、山下重一訳「フランス留学(1820-21)」(『J.S.ミル初期著作集1』お茶の水書房)。
J.S. ミルは父の指示で日記を書き留めただけでなく、その日記を清書し書簡として父に送った。これが現在大英図書館所蔵の『日記』手稿である。その書簡のもととなったノートの一冊はセント・アンドリュース大学図書館にあり、これら2つの資料を用いて編集されたのがトロント大学版J.S.ミル全集(The Collected Works of John Stuart Mill) 第26巻中の『日記』である。これらの『日記』には8月3日〜9日間の記述が欠落していたが、関西学院大学図書館が2001年に購入したもう一つの『日記』ノートには、この空白の1週間を含む、7月20日〜9月15日間の日記ノートと雑録が記載されている。また、セント・アンドリュース所蔵『日記』ではフランス語で記述されている箇所が、関西学院大学図書館の『日記』では英語であったり、その逆の場合もある。さらに、関西学院大学図書館の『日記』のフランス語にはジョージ・ベンサムと思われる人物の添削やミル自身による訂正箇所なども見つけることができる。このほか、旅行先の地誌メモや金銭出納メモ、セー宛てフランス語書簡の下書きなど貴重な新資料が含まれている。
今回出版される『J.S. ミル フランス日記』にはこの関西学院大学図書館所蔵の『日記』手稿の全葉をファクシミリ・リプリントで収録するとともに、トロント大学出版局の許可のもと、同大学版『J.S.ミル全集中』の『日記』を含む全日記テキストを翻刻収録し、ミルのフランス滞在期間中の記述の全文を初めて公刊するものである。これまで1820年8月の初めにミルのフランスでの学習は終わったとされてきたが、今回再発見されたこの『日記』ノートによれば、ミルは8月9日まで、規則正しい読書やフランス語学習はもちろん、「統治論に関する対話」と呼んだエッセーを書き、ダンスやフェンシングの練習や観劇もしていたということが明らかになった。まさに、この「空白の一週間」も、一日たりともおろそかにしないJ.S.ミルの少年時代に関する最善の記録の一部であり、この『日記』ノートの公刊により、ミルのフランス留学の全貌が明らかになる。
井上琢智(関西学院大学教授) |