日露戦争中、イギリスは多くの武官を戦地に送り積極的な情報活動を展開しました。本書は当時の英国参謀本部に送られた、27人の将校による239の報告書全5巻の復刻です。日英同盟下にあった両国は情報交換を極秘裏に行っていたとされ、これらの報告書も日英軍事関係者のごく一部の最高幹部にのみ機密扱いで少部数配布されたものです。戦後1908年に外交・軍事上の影響の少ないと判断された一部の文書は公式文書(2巻)として刊行されましたが、原資料であったこの5巻の報告集は配布後直ちに廃棄されることが多かったためか、日英両国内にもほとんど現存していません。
英国側の情報活動の実態が明らかになる本書は、日露戦争史研究者だけでなく、日英関係、国際政治、国際関係史研究にも第1級の資料です。
本書の特色:
● 今まで研究者が目にすることの出来なかった極秘文書。
● 2700頁におよぶ機密報告書全239文書、全5巻を完全復刻。
● 近代政治、軍事、外交史研究に不可欠な一次資料。
推薦文
「これまで日本人には見えなかった日露戦争の側面」
名城大学都市情報学部助教授
稲葉千晴
私が本書に関心を示したのは、他国の武官団は5-6名であった中、イギリス陸軍が日露戦争 中に27人もの観戦武官を送り込んだという事実である。さらに驚くことは、この武官団に対する日
本側の対応であろう。たとえば、本書に含まれている1904年4月5日付児玉源太郎参謀次長に よる日露戦争の戦況説明は、同盟国イギリス向けの特別のものである。他国の観戦武官は一人
も入っていない。しかも、数字を挙げたりして内容が非常に具体的で細かく、新聞発表などとは較 べものにならないほどである。特に、ロシア側の軍事企図を、日本陸軍がとのように考えていたか
が面白い。開戦直前、日本側は、鳳凰城に駐屯するロシア軍部隊と仁川のロシア海軍陸戦隊が ソウルを占領し、朝鮮占領という既成事実を作ってしまうことを、もっとも恐れていた。開戦前のソ
ウル駐屯ロシア軍の数も、他を圧していた。ロシアの企図を阻止するために、日露交渉決裂後、 すみやかに朝鮮内のロシア陸海軍を攻撃することが計画され、2月4日の御前会議の直後、動員
が開始された。この話など、長大な参謀本部編『明治卅七八年日露戦史』、研究に必携の谷壽夫 『機密日露戦史』(原書房、1966年)や参謀本部編『明治三十七八年秘密日露戦史』(巌南堂書店、
1977年)には、詳しく書かれていない。当然、こうした事項はイギリスでも機密扱いされ、本書は部内資料として若干の部数が刷られ、限られた機関に配られただけであった。私にとっても、はじめ
て目にする史実である。本書が、日英同盟や日露戦争を検証するうえで非常に重要な史料だとい うのは、この点にある。
さらに私が関心を持ったのが、本書執筆の中心となったイギリス陸軍の首席観戦武官イアン・ ハミルトン中将である。のちに彼は、Sir
Ian Hamilton, A Staff Officer's Scrap-book during the
Russo-Japanese War, (London, 1912).を出版した。それは独語や露語にも翻訳され、『日露観
戦雑記』(戦記名著刊行会、1930年)および『思ひ出の日露戦争』(平凡社、1935年)という2種類 の邦訳まで出ている。ボーア戦争や第一次世界大戦で活躍した将軍が、回顧録を執筆するうえで
出典としたのが、本書であったことは間違いなかろう。 本書は、これまで日本人には見えなかった日露戦争の側面を描き出した、興味深い一次史料
だと、私は確信している。
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